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中華街こぼれ話 <第1回> 中華街の道はなぜ 東西南北を向いているの?

この連載では、横浜中華街にまつわるいろいろなエピソードやこぼれ話などをお伝えしていきます。第1回は、中華街の中の道が周囲の道路に対して斜めに走っていることにクローズアップ。
(2016年3月発行「Mon横濱」vol.3より)

公開日 2017年9月17日

カテゴリ
街を知る
エリア
石川町駅
元町・中華街駅
ライター
Mon横濱
中華街こぼれ話 <第1回> 中華街の道はなぜ 東西南北を向いているの?

中華街の道はなぜ 東西南北を向いているの?

中華街に来られた際、駅から歩いてきて中華街に入った途端に方向が分からなくなった…なんて経験はありませんか? 地図を見るとよく分かるのですが、中華街のエリアだけ、周囲の道路に対して斜めに道が走っています。周囲の道から中華街に入った時の角度の変化が、それまでの方向感覚を微妙に狂わせるのでしょうか。

そんな中華街の道は東西南北を向いていて、それぞれの入り口には中国の神獣が飾られた門が建てられています。街が正しく東西南北を向いているなんて、風水を重んじる中国人ならでは、と思いますが、実は中華街は、中国人が風水に則って土地を東西南北に整備したというわけではないのです。

そもそも、今の大岡川と中村川そして根岸線に囲まれた釣鐘のような形の土地は、江戸時代の初めまでは小さな湾のような入海でした。その入海を吉田勘兵衛という人物が11年もの月日をかけて埋め立て新たな田畑を作り、その土地は「吉田新田」と名づけられました。当時その入海の入り口には、現在の元町辺りから横に長く突き出た浜がありました。ちなみに「横浜」という名前はその「横に長い浜」が由来と言われています。
 
吉田新田完成後、江戸末期に新たに「横浜新田」が作られました。中村川を流れてきた土砂が、入海に突き出た浜の根元付近に周囲に対して斜めにたまっていくのを利用し、それにあわせて区画を作っていったところ、それまでの区画とは方向がずれることとなりました。そして結果的に東西南北を向いた道が走る形になったのです。

ペリー来航により開港の地として選ばれた横浜には、やがて外国人居留地が出来ました。来日する外国人の通訳として中国人も日本を訪れるようになりました。その後、特に西洋理髪、洋服の仕立、料理という「刃」を使う3つの専門職(当時「三把刀(さんばとう)」と言われたそうです)の中国人が居留地で活躍するようになりました。彼らはその東西南北を向いたエリアに住み着き、現在の中華街の礎を築いたそうです。たまたまとはいえ、道が東西南北に走る土地に目を付けたのが、風水を重んじる中国人達というのは納得がいきますね。

いかがだったでしょうか? こんな感じで中華街にまつわるちょっとしたお話を綴っていきますので、皆さまお楽しみに。

横浜中華街

住所
神奈川県横浜市中区山下町
電話番号
045-662-1252
最終更新日:2017.3.3
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※紹介されている情報は、記事公開当時の内容となります。
※飲食店情報の平均予算は、食べログの店舗基本情報を引用しています。

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