浅草の街歩きなら、六区界隈は人気エリアのひとつ。洋服店、喫茶店、お笑いの劇場などが立ち並び、日夜楽しげで活気にあふれる六区通りで、よほど注意深く歩いていないとその存在に気づかず通り過ぎてしまう小路が、実はあります。その幅、わずかに1mほど。

でもこの「モボモガ御用達」の意味ありげな看板、それに蓄音機や「Antiques」といった文字のかもし出す雰囲気にピンと来た人なら、看板が指差すその小路の先へと、吸い寄せられるように向かってしまうのでしょう。

ほの暗い小路の先に見えるこのお店。表通りの現実世界とは違う時間が流れているような錯覚を早くも覚えずにいられない外観ですが、これが「東京蛍堂」のファサードです。

ガラス扉を開けると目の前に飛び込んでくる、大正ロマンなアイテムの数々。

和服・洋服、小物といったファッション関連から食器、オーディオ類に至るまで、様々な品々が優しい照明に照らされています。耳に入ってくるのも大正・昭和初期を偲ばせるBGMや野球中継のラジオ音声で、店内はタイムトリップしてしまったかのような空気に包まれています。


そしてこのお店を切り盛りするその人もまた、素晴らしく絵になるのです。稲本陽子さん、彼女の装いや立ち居振舞いは、この空間美に寸分たがわずマッチしています。



陽子さんが、大正モダンのカルチャーに造詣が深い夫の淳一郎さんと知り合ったのは、淳一郎さんがお店を開いた直後。ちょうど10年前のことでした。
彼女自身も「子どもの頃から映画や音楽、ファッションなどの日本の古い文化がもともと大好きだった」とのことで、意気投合したふたりが目利きして見つけてくるアイテムはそれぞれに選りすぐりのものばかり。店頭看板に「モボモガ御用達」とあったのもなるほどの、実にモダーンなラインナップです。
彼女自身も「子どもの頃から映画や音楽、ファッションなどの日本の古い文化がもともと大好きだった」とのことで、意気投合したふたりが目利きして見つけてくるアイテムはそれぞれに選りすぐりのものばかり。店頭看板に「モボモガ御用達」とあったのもなるほどの、実にモダーンなラインナップです。

店内は、空間と空間の間に段数の少ない階段がしばしば現れて、小さな中二階部屋や半地下部屋が入りくんだような状態。この物件がかつて戦前には「野口食堂」というお店の食品庫兼従業員寮として、当時大いに繁盛したゆえか、増築を繰り返すうちに複雑な構造になったという経緯があってのものです。
タイムトリップ感が最高潮に高まる場所、ダンスホールもこのお店を語る上で外せない存在。案内されて踏み入れたその場の雰囲気ときたら、あたかも時が止まったかのようです。
タイムトリップ感が最高潮に高まる場所、ダンスホールもこのお店を語る上で外せない存在。案内されて踏み入れたその場の雰囲気ときたら、あたかも時が止まったかのようです。


当時の流行歌が大きな音量で流れるこんな空間で、毎月第二日曜の夜、往年のモボ・モガスタイルのドレスコードでばっちりキメた紳士淑女が集い、楽器演奏を楽しんだり、踊ったりするというのだから、それはさぞかし素敵でしょうね…!

統一感ある美しい店内ですが、お店を立ち上げるにあたっては、たおやかな陽子さんのルックスからは想像しがたい意外なエピソードも。
「実はこの建物と出会った当初、それはもうボロボロだったので、主人と毎日深夜までコツコツ修理や改装をしてました。私もツナギを着てセメントをこねたり、レンガやタイルを貼ったり」だなんて。ものすごいギャップです。
「実はこの建物と出会った当初、それはもうボロボロだったので、主人と毎日深夜までコツコツ修理や改装をしてました。私もツナギを着てセメントをこねたり、レンガやタイルを貼ったり」だなんて。ものすごいギャップです。

とかく大切に保存してなんぼ、と考えがちなアンティークですが、普段使いして楽しむのが夫妻のおすすめ。実は、商品の中には、普通にスマートフォンをつなげて再生できてしまうオーディオスピーカーもあったり。お店としてのこだわりゆえのカスタマイズですが、その思いの強さがよくわかる好例です。

「仕入れた品々は、ホコリや汚れを丹念に掃除するのはもちろん、着物や洋服のほころびなどは私がつくろってから販売しています」。陽子さんが愛おしみ慈しむその心がモノに宿り、それを手に取ったお客さんにもどことなく伝わっていく、そんな気がしてなりません。


既に完成されたように見える、統一感ある空間。でも陽子さんには未だに修理・改装したい所があって、取り扱う商品ジャンルもさらに少しずつ広げていきたいもよう。来店するそのたびに往年の魅力を再発見できそうな、そんな予感がします。

何かピンときたものがあれば、陽子さんに尋ねてみるといいでしょう。時代を超えてあなたに寄りそってくれる一品との運命の出会いが、きっとあなたを待っています。

(文:牧野雅枝)
(撮影:大塚秀樹)
(撮影:大塚秀樹)
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