自分以外の客は皆、この店の常連なのでは? 初めて「ナイルレストラン」を訪れた人は、そんな気がするかもしれない。実際、常連は多く、毎日訪れるサラリーマンもいれば、親子四代でこの店のファンという人もいるという。子どもの頃、親に連れられてきていた子が、時を経て彼女を連れて来たり、結婚して子どもと一緒に食べに来たり。そんな例はいくつもある。


「ナイルさん家に遊びに行くような気分で食べに来てもらいたい」創業者のA.M.ナイル氏から、現在も店に立つ二代目G.M.ナイルさんに受け継がれてきたもてなしの心は、オーナー店が多い銀座の老舗に共通するものでもあると三代目のナイル善己さんは語る。

なぜここまで愛され続けるのか、その理由の一つは名物メニューの「ムルギーランチ」にある。客の9割がオーダーするというこのメニュー、黙って座っているお客さんがいれば、「ムルギーランチ」が出てくるといっても大袈裟ではないらしい。

ムルギーとは、ヒンディー語で鶏肉のこと。昔懐かしい楕円のシルバープレートに、骨付き鶏肉が盛り付けられたカレー、ライス、ジャガイモとキャベツが入ったインドの定食がテーブルに運ばれてくると、目の前で骨に沿って身を外し、野菜やライスとカレーを混ぜ合わせる儀式のような店員によるサーブが始まる。


切った瞬間に広がる鶏肉の香りに誰もが喉を鳴らさずにはいられない。平地飼いで育てられた鶏のもも肉はしっかり噛み応えがあり、こだわりの岩手産米「いわてっこ」との相性抜群。くたくたになった野菜の甘みが全体に混ぜ合わされ、辛さに輪郭を出す。

60年間変わらずこの味を作り続けることは、新メニューを生み出すより難しいことかもしれないと語るナイルさん。「玉ねぎやスパイスなど、材料の状態は必ずしも同じではありません。季節や天候によっても微妙な違いが出るので、お客様の口に運ばれるときに最高の状態になるように火を入れ、煮込む。いつ行ってもあの味が食べられると期待して通ってくれるお客さまのために、料理長は日々腕をふるっています」

サラリと食べられるが、しっかりスパイシー。気が付けば汗だくで食べている客も多い。たしかに、また食べたくなる味なのだ。それも間を空けずに。
「ムルギーランチ」のほかにも目を向けてみよう。銀座で「おまかせコース」をオーダーするとしたら、随分な覚悟が要りそうだが、「ナイルレストラン」の「おまかせコース」は前菜やチャパティ、カレー、ムルギーランチもついて2,800円とかなりお得。お酒と一緒にゆっくりシェアしながら食べるのも楽しい。ソムリエの資格も持つナイル善己さんがおすすめするインドワイン「SULA(スラー)」は、カレーに合うワインとして注目されている。

東銀座駅からすぐの昭和通り沿いにある店は、これまで二度の大改装を経ている。20年前に現在の2階建てになり、2013年歌舞伎座のリニューアルに合わせて、内装をポップなピンク色に設えた。1階のショーケースには、スパイスの缶や関連書籍、オリジナルレトルトカレーなども所狭しとディスプレイされているが、店内に足を踏み入れた瞬間のインパクトに反して席に着くと不思議と落ち着きを感じるのは、やはりこの店が長年変わらず守ってきた味と、それを愛してやまないお客さんとの間に生まれてきたあたたかい雰囲気のせいだろう。

歌舞伎役者にもこの店の常連は多く、歌舞伎見物の前後にこの店を訪れ、御贔屓の役者さんが好んで食べるメニューをオーダーするファンもいるという。
「抱負や野望を聞かれることも多いですが、目指しているのは10年後、20年後に来ても変わらない味を提供し続けること。いつ行っても変わらずおいしいねと言っていただけることが喜びです」と笑顔で語る三代目。その目の輝きは、老舗の自信と覚悟に満ちているようにみえた。
「抱負や野望を聞かれることも多いですが、目指しているのは10年後、20年後に来ても変わらない味を提供し続けること。いつ行っても変わらずおいしいねと言っていただけることが喜びです」と笑顔で語る三代目。その目の輝きは、老舗の自信と覚悟に満ちているようにみえた。

(文:栗原晶子)
(撮影:山崎瑠惟)
(撮影:山崎瑠惟)