ちくわ。 おでかけ情報

消えゆく記憶を今にとどめる遊郭専門書店「カストリ書房」

good mornings

公開日 2018年2月28日

奥浅草と呼ばれるエリアのさらに北側、駅としてはむしろ三ノ輪駅が最寄りにあたる、吉原。夜を妖艶に彩るお店が全国一集まるこの界隈のかたわらに、なくなりつつある遊郭・赤線の記憶を未来に伝えようと奮闘する書店があります。

南千住駅
三ノ輪駅
カテゴリ
デート
一人で
友達と一緒
街を知る
浅草方面からこのエリアに向かう時にたどり着く「吉原大門(よしわらおおもん)」の交差点。かつてこの地域に遊郭が存在していた時代には大きな楼門があり、地域の玄関口となっていた地点です。

ここの左手、ソープランドが軒を連ねる通りに出る前の路地の一角にある、その名も「カストリ書房」。遊郭専門という、実にユニークな書店兼出版社です。立地が立地なだけに、取り扱うものがいかにも本格そう。
カストリとは聞きなれないことばですが、かつて、酒かすを原料にして作る粗悪な焼酎「粕取り焼酎」から転じて、エロ・グロを扱う “低俗”な雑誌が「カストリ雑誌」と呼ばれていた時代があり、このお店はそれを店名に冠しているのです。

でも、そんな由来を教わらずとも、昭和的で、かつなにやら裏でこっそりしていそうな感じのするその響き。日向よりは日陰が似合う、そんな言語イメージの一方で、のれん自体はいたってシンプルですがすがしく、そのギャップがちょっと面白いです。
扉を開けると、遊郭や赤線などにまつわる多様な書籍が並ぶコンパクトな店内。昔懐かしい小上がりのある間取りは、かつてここが皮革関連の工場だったときのままとなっており、当時の職人さんの面影がどことなく残っているような気がするのも台東区的な風情です。
さらに小上がりの部屋の右奥にあるのれんの向こうには、有料で利用できる雑誌の閲覧スペースが(800円/3時間から)。
店主がこれまでに収集してきた充実の雑誌/資料類がここで読めるのです。赤いソファも、廃業したキャバレーから譲り受けたという、実にイメージをそそるもの。

書籍に比べ、書かれている内容も雑ではあるけれど、そのぶんリアルで生々しい雑誌。当時の空気がより端的に表れているのが魅力ですが、読み終えたのち気軽に捨てられてしまい、結果、後世に残っているものはわずか。ここではそんな貴重な雑誌の数々を手に取り味わうことができるのです。
遊郭/赤線というとてもニッチなテーマの書籍空間をつくった「カストリ書房」店主、渡辺豪(ごう)さん。もともとIT系の企業で働いていましたが、7年ほど前に戦前の遊郭・戦後の赤線のことに関心を抱くようになったのが、ことのはじまりです。
その好奇心は単に知識を蓄えるだけにとどまらず、やがて「日本各地の遊郭/赤線跡を自ら探訪・取材するようになった」のでした。

探求するうちにわかってきたのは、遊郭・赤線にまつわる文化史をひも解く作業には、時間的なリミットが刻一刻と迫っているということ。

「実は全国には、最も多い時代で約550もの遊郭があったとされています。この数はとても独力では調べきれないし、時代が時代なので当時の生きた情報を知る人もどんどん亡くなり、現地の関連する建物や資料といったものも失われてしまう一方。国会図書館にだって所蔵されていないし、どこかの大学の研究室にあったとしても一般には非公開。今後、誰かがこの方面のことを知りたい、と思ったときに頼れる場所がないぞ、と」。
「かといって研究会のようなものを立ち上げ、各自おのおのに調査・研究する趣味人をまとめるというのも、なんだかうまくいかなさそう。それよりも、一次情報としての当時の雑誌や書物に誰もがアクセスできる環境を作ることこそが、僕の取り組むべきことではないか、そう思ったんです」。

その真摯な思いから、2014年には昭和30年発行の『全国女性街ガイド』を発掘して復刻版を発行。「当時の赤線のことに興味を抱く好事家たちであれば誰もが入手したいものの、高価すぎて手が届かなかった」という、ある意味で幻だった一作を普及させることに貢献しました。
そして活動をより本格化させるべく、会社を辞めて「カストリ出版」を立ち上げ、さらにはその販路も兼ね2016年5月にこの店舗「カストリ書房」を構えるに至ったのです。

お店は単に書籍の販売だけでなく雑誌閲覧もできるのがユニークですが、ここを有料閲覧スペースとしたのも、渡辺さんの配慮があってのもの。
「一点一点が貴重なこれら雑誌をいちど売り渡してしまうと、他の人がそれにアクセスできなくなってしまうし、かといって図書館みたいに貸し出しするというのも、世に出てから長い時間が経ち複雑になってしまっている版権のこと、またそもそも当の雑誌を世に出した出版社の商売の邪魔をしてしまうことになるだろうと。だから、このスタイルにしています」。

閲覧スペースの利用者で多いのは、意外なことに、若い女性たち。「つい最近も二十代後半の女の子4人組の姿がありました。ひと昔前までにはあった薄暗いイメージを離れて、いい意味でドライに営みを捉えているみたいですね」。
なお、赤線時代を実体験としてよく知っているのは少なくとも八十代後半の方になってしまうということで、当時を懐かしみながら利用するという方は、今の所まだいない模様。

店主であるのと並行して、編集者として精力的に取材を重ねてきた渡辺さん。彼がこれまでに訪ねた遊郭/赤線跡の総数はなんと300ほど。おととし9月にはすべて自身で撮影したという写真集もリリースしました。
本自体も大きくて分厚くて、静的でシリアスな質感が見開きいっぱいに広がる、まさに渾身の一作といった趣き。「シャッターを押したのが当の渡辺さん本人なのだ」と思うと、言葉には収まりきらないその情熱がダイレクトに伝わってくる気がします。

情報伝達手段も限定的であるなど、今とは全く違う時代背景のもと、性にまつわる世の営みがどんなだったか。特に閲覧スペースにある雑誌の数々からは、当時の世の男性たちのパッションのありようが伺えて、誰しも渡辺さん並みに興味をそそられるのでは。人の世の核心的な部分が見えてちょっと賢くなれる、そんなカストリ書房です。
(文:古谷大典)
(撮影:大塚秀樹)

カストリ書房

住所
東京都台東区千束4-39-3
営業時間
11:00~18:00
定休日
月(祝日は営業)
最終更新日:2018.3.6
大きな地図で見る

※紹介されている情報は、記事公開当時の内容となります。
※飲食店情報の平均予算は、食べログの店舗基本情報を引用しています。