【重要】ちくわ。サービス終了のお知らせ(2021年10月4日)

ちくわ。 おでかけ情報

戦後の高度成長期を駆け抜けた あの頃の時代の学生は熱かった!

FREE AWAJI BOOK

公開日 2018年3月25日

学び舎で、まちかどで、若さがはじける。花ひらく。街のみずみずしさは、これまでも、これからも。(2018年3月発行「FREE AWAJI BOOK 8890」No.21より)

神保町駅
カテゴリ
街を知る
中央大学、明治大学、日本大学が集まる神田駿河台エリア。靖国通りをはさんだ反対側には神保町の古書店が並んでいる。江戸時代の本を専門に取り扱う『大屋書房』の三代目・纐纈(こうけつ)公夫さんは1939年(昭和14)にここで生まれ、第二次世界大戦、戦後の復興期を経験しながら育ち、明治大学に進学。その頃、日米安全保障条約(安保条約)の締結に反対する運動が激化した。

よく見ると…どこで撮影されたかわかりますか? 1960年代後半、学生運動の様子。

纐纈さんは、デモに参加した時のことを鮮明に覚えている。「岸内閣の時、警察官職務執行法(警職法)が上程されかかって、戦前の警察が強い時代に戻るんじゃないかって反対する機運が高まった。それで、クラスの委員長がデモを行うかどうか採決を採ったら賛成多数で、やることになったんだよ。面白いクラスだったなあ」。

写真を眺めながら、ゆっくりと記憶を辿る纐纈さん。

あくる日、纐纈さんのクラスメイトは終結し、どしゃ降りの雨で寒さに震えながらみんなで腕を組み、新宿までの車道を歩いたそう。「途中警察官ともぶつかり合ってね。びしょ濡れの状態で新宿から御茶ノ水駅まで電車で帰ってきた。デモに参加したのはそれだけだよ」。その後、学生運動は激しさを増し、大学の建物に催涙弾が投げ込まれたことも。しかし、学生間に運動に対する温度差があり、バリケードが築かれて学校が閉鎖され、授業が休講になると、過ごし方は人それぞれだった。「ゼミの先生がくだけた人だったから、六大学野球を観に行こうかなんて言ってたなあ。反対運動が起きても、ある部分では賛成、ある部分では反対で白黒つけづらかったから、運動には参加しなかった人もいたんだよ」。

代表取締役を務める『大屋書房』(神田神保町1-1)にて。

纐纈さんが大学を卒業して実家の書店を継いだ約10年後に、再び安保闘争が起こり、パリの学生運動になぞらえて「神田カルチェ・ラタン」と呼ばれる学生運動が駿河台エリアで勃発した。「あの時代と今の学生のエネルギーの方向が違うね。デモをしろという話ではなく、スマホばかり見ていないで、興味を全方向に向ければいいのになあ」。纐纈さんは昔を懐かしみながら、今の学生にエールを送る。

撮影:後藤禎久

大屋書房

住所
東京都千代田区神田神保町1-1
電話番号
03-3291-0062
営業時間
10:00 〜18:00
定休日
日・祝
最終更新日:2017.8.25
大きな地図で見る

※紹介されている情報は、記事公開当時の内容となります。

同じスポットが紹介されている別の記事