日暮里駅西口を出てすぐ、広大な敷地に幾多の故人が眠る谷中霊園を抜けたその先は、観光地化が進む今の谷中界隈でも静けさがよく残る一帯。
表通りから一歩中に入れば、車の往来もごくたまにというくらいの、東京都心では希少な静けさが辺りを包みます。
右も左も民家ばかりという一画にあって、ただでさえ新しいお店が入っているなどとは思いもしないこんなロケーション。それが、こともあろうに酒場があるだなんて、初めて知る人にとってはあまりに意外でしょう。
表通りから一歩中に入れば、車の往来もごくたまにというくらいの、東京都心では希少な静けさが辺りを包みます。
右も左も民家ばかりという一画にあって、ただでさえ新しいお店が入っているなどとは思いもしないこんなロケーション。それが、こともあろうに酒場があるだなんて、初めて知る人にとってはあまりに意外でしょう。

周囲の雰囲気まるごと、あまりに平穏な景観ですが、今年で築80年を迎えるこの三軒家の一番手前が、「谷中ビアホール」。

敷地に入ってすぐ右手、ごく自然な経年変化を感じる趣深い色味のこの外観。ガラガラと戸を開けると耳に届くのは、ゆったりとしてちょっとけだるいくらいのビッグバンドジャズ。戦前の映画に出てくる酒場のシーンを思わせるホーンの響きに「お仕事頑張った人も、そうでない人も、しばしどうぞごゆっくり」なムードはここからすでに始まっています。
ほどよく落ち着いた明かりに照らされた店内では、いくつかの仕切られた部屋、さらにその奥のテラスも含めた各スペースでも、ビールやおつまみを囲む人々の姿が。
ほどよく落ち着いた明かりに照らされた店内では、いくつかの仕切られた部屋、さらにその奥のテラスも含めた各スペースでも、ビールやおつまみを囲む人々の姿が。


ここはいつの時代かと、時間感覚が心地よく狂っていくような古民家的光景。一箇所から全てを見渡せないものだから、各部屋をひと通り巡ってみたくなる好奇心と、ビールやらおつまみやらが目に入っては享楽的な気分も同時にもよおしてきて、気分的に色々と高揚してきます。
このふわふわと心地よい浮世離れ感、さながら桃源郷のようです。
このふわふわと心地よい浮世離れ感、さながら桃源郷のようです。

渇いたのどに訴えてくるビールの輝きとともにご登場のおつまみ・フード類は、約15種類ほどもあってバリエーション豊か。例えば、まだら模様が色あざやかな自家製スモークチーズ、それに厚めながらも脂(あぶら)的な主張はほどほどで、おつまみとしての立ち位置的にドンピシャなこだわりチャーシューとか。とてもそそる一例です。
そして何よりビールのこと。ここのビアホールオリジナルのビール4つをはじめ全8種類がある中、試してみたいものの筆頭格はやはり、このお店の、この空気の中で飲まれるためにこそつくられたという「谷中ビール」。
そして何よりビールのこと。ここのビアホールオリジナルのビール4つをはじめ全8種類がある中、試してみたいものの筆頭格はやはり、このお店の、この空気の中で飲まれるためにこそつくられたという「谷中ビール」。

こちら、お店の女将である吉田瞳さんもおすすめする、そのフルーティーで麦の香ばしさが際立つ味(ぷはぁ)。町をぶらつきここにたどり着いた身には、その色合いが夕焼けだんだんや町の古民家を思わせるようでもあり。
この他「谷中ドライ」、「谷中ゴールデン」、「谷中ビター」も含めた計4種類がこの界隈でしか飲めない、いうなれば"町のビール"的存在。これらを開発する上でベースとなった4種のアウグスビールと併せ合計8種が、カウンターのタップから美味しそうなシズルを伴って出てきます。
谷根千一帯にいま残っているものとはすなわち、数世代もしくはそれ以上前から脈々と引き継がれてきた日本の暮らし。リアルな和をこの目で見たいとやってくる外国人観光客にも人気のこの界隈ですが、おつまみやフード類の調理においてふんだんに土鍋を用いるこのお店もまた、食の営みにおける和のリアルを伝えることに一役買っています。
この他「谷中ドライ」、「谷中ゴールデン」、「谷中ビター」も含めた計4種類がこの界隈でしか飲めない、いうなれば"町のビール"的存在。これらを開発する上でベースとなった4種のアウグスビールと併せ合計8種が、カウンターのタップから美味しそうなシズルを伴って出てきます。
谷根千一帯にいま残っているものとはすなわち、数世代もしくはそれ以上前から脈々と引き継がれてきた日本の暮らし。リアルな和をこの目で見たいとやってくる外国人観光客にも人気のこの界隈ですが、おつまみやフード類の調理においてふんだんに土鍋を用いるこのお店もまた、食の営みにおける和のリアルを伝えることに一役買っています。

古民家の調理場で、土鍋がぐつぐつするさまは、雰囲気的に一貫性があって、なおかつほっこりとしてあたたかで。
先の「自家製スモークチーズ」といい、他にも「フランクフルトの土鍋ロースト」など、たくさんの料理が土鍋を用いて作られており、平日ともなれば客の約半数までもが外国人になるというのも、このような光景に魅せられてこそ。事実、感心の声が聞かれることしきりなのだそうです。
先の「自家製スモークチーズ」といい、他にも「フランクフルトの土鍋ロースト」など、たくさんの料理が土鍋を用いて作られており、平日ともなれば客の約半数までもが外国人になるというのも、このような光景に魅せられてこそ。事実、感心の声が聞かれることしきりなのだそうです。

実は「谷中ビール」をはじめとするオリジナル4種にも富士山麓の水が使われているなど、和なものが色濃く残るこの土地で、この国/この地域ならではの良さを積極的に生かそうというこころざしが随所にしかと感じられる、このお店です。
ちなみに店内の壁面の所々で目にする新聞は、お店を立ち上げるにあたってリノベーションする過程で偶然床下から出てきたという代物。
ちなみに店内の壁面の所々で目にする新聞は、お店を立ち上げるにあたってリノベーションする過程で偶然床下から出てきたという代物。

最初の東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年当時の読売新聞なのですが、折しも再びオリンピックが開催されようとしている今、図らずも旬な装飾となっています。時代の巡り合わせ的な意味での運にも、恵まれてますね。

敷地的にひとつながり感のある三軒家のうち、いちばん手間の一棟を占める「谷中ビアホール」ですが、実はこれ、昭和13(1938)年に建てられた三軒家を改装して3年前にオープンした複合施設「上野桜木あたり」を構成するお店のひとつ。
奥の方にはパン屋さんやオリーブ専門店などが入居していたり、たまのイベントでは、共有スペースにあたる路地やお座敷が解放されてイベントごとが催されたり。ビアホールの女将・吉田さんも、ここを活用して料理のワークショップや日本酒の試飲イベントができたら、と目下模索しているもようです。
奥の方にはパン屋さんやオリーブ専門店などが入居していたり、たまのイベントでは、共有スペースにあたる路地やお座敷が解放されてイベントごとが催されたり。ビアホールの女将・吉田さんも、ここを活用して料理のワークショップや日本酒の試飲イベントができたら、と目下模索しているもようです。

敷地一帯をぐるりと回遊して見て回るうちに気づくのは、今の都会人が失って久しい、もはや心象風景だけにしか残っていないような、暮らしをめぐる素朴で美しい風情がここにはあるということ。
現役で活躍する井戸水が傍にあるかと思えば、近隣を気ままに闊歩する地域猫たちがひょっこりと姿を現したり。聞こえる音といえば、路地を行き交う人の話し声。車の音もまず聞こえません。
現役で活躍する井戸水が傍にあるかと思えば、近隣を気ままに闊歩する地域猫たちがひょっこりと姿を現したり。聞こえる音といえば、路地を行き交う人の話し声。車の音もまず聞こえません。

そして日も暮れた午後八時にはビアホールもお店を閉じ、まちはごく静かに穏やかに夜を迎えるのです。かつて、人々の暮らしとはそういうものであったように。
(文:古谷大典)
(写真:小島沙緒理)
(文:古谷大典)
(写真:小島沙緒理)