文京区本郷の東大キャンパスと本郷通り沿いを挟んで相対する並びには、昭和の香りを真空パックしたかのような趣ある店々が多数。
学術系の専門古書店や、学生に優しいお手頃価格の食堂などが、そろそろ半世紀ほども前になろうかという懐かしいテイストの店構えとともに、今なお営業を続けています。
学術系の専門古書店や、学生に優しいお手頃価格の食堂などが、そろそろ半世紀ほども前になろうかという懐かしいテイストの店構えとともに、今なお営業を続けています。

大学関係者を除けば特段来訪者もやってこなさそうな土地柄だからか、時代ごとの流行りすたりにむやみやたらと振り回されることもなく時が流れているような感じのするこの界隈。「喫茶ルオー」もまた、昔から変わることのない落ち着きと味覚と雰囲気の良さと共に、この場所に在り続けています。

開業が昭和27(1952)年。当初から本郷通り沿いの、かの有名な赤門近くで絵画作品を鑑賞しながら一服できる「画廊喫茶」として店を構えたのがその始まり。
学生・教官といった東大関係者はもちろん、時の芸術家、劇団員、文学関係者といった各種文化に携わる同士たちが集うサロン的役割をも果たしていたという歴史があります。
学生・教官といった東大関係者はもちろん、時の芸術家、劇団員、文学関係者といった各種文化に携わる同士たちが集うサロン的役割をも果たしていたという歴史があります。

世相を映すエピソードとして最も印象的なのは、1969年の東大紛争時、このお店が負傷した学生の避難場所になっていたというもの。学生運動の嵐が吹き荒れたこの「政治の季節」をルオーはこの上なく濃く生きていた、というほかありません。
昭和54(1979)年に移転のためいったん店を閉じたのち翌55年に再オープン。それが今でも続くこの店舗。
昭和54(1979)年に移転のためいったん店を閉じたのち翌55年に再オープン。それが今でも続くこの店舗。

東大正門前とあって利便性もそのままに、相も変わらず東大関係者、それにもちろん近隣に住まう人々の日常に優しく寄り添う場であり続けています。
67年もの長い歳月に渡ってここを訪れる人の舌を魅了してきたのが、この「セイロン風カレー」。インド料理ではなくイギリスの家庭料理としてのカレーという意味でつけられたこのネーミングに、オープン当時の時代性が匂うような。
67年もの長い歳月に渡ってここを訪れる人の舌を魅了してきたのが、この「セイロン風カレー」。インド料理ではなくイギリスの家庭料理としてのカレーという意味でつけられたこのネーミングに、オープン当時の時代性が匂うような。

ごろりとしたじゃがいもと豚肉を崩していただく中、一本筋が通ったように終始続くピリリとした辛さの具合が、カレーがいつになく親しまれる現代の味覚に照らしても飽きのこない、ほどよいシャープさ。柔らかめご飯にさらりとしたルー。これがルオーの味の代表格です。
昭和30(1955)年ごろに使われていたというメニューにも、エース級の一品として堂々と左上の目に入りやすいところに記載されているのがわかります。
昭和30(1955)年ごろに使われていたというメニューにも、エース級の一品として堂々と左上の目に入りやすいところに記載されているのがわかります。

オレン「ヂ」エードの表記、それと当時の物価にも隔世の感。
喫茶店(カフェでなくて)という響きが持つノスタルジーを強く呼び起こす「ワインゼリー」なるデザート(スイーツでなくて)も注目です。背の低くて平たい器に盛られた、このほかでもないワインレッドな色味。

上から、横から、斜め前から、その透明感をひととおり味わって見惚れたのち、ガムシロップをお好みで垂らして口に運べば驚き。実は「ワインをゼラチンで固めただけ」とあって意外なほどシンプルな味わいなのです。
何よりアルコールがまんま感じられるというのが。このひと、紛れもなくオトナです。
ほか、この「クリームコーヒーゼリー」を楽しむのもまたよし。管絃の響きが優しいクラシックのBGMとの合わせ技で、ふつふつと喫茶店気分が盛り上がります。
何よりアルコールがまんま感じられるというのが。このひと、紛れもなくオトナです。
ほか、この「クリームコーヒーゼリー」を楽しむのもまたよし。管絃の響きが優しいクラシックのBGMとの合わせ技で、ふつふつと喫茶店気分が盛り上がります。

味覚ともども味わい深いのは、テーブルの木目。座面もこぢんまりと可愛い椅子の背もたれ。それに茶室を思わせるような壁の黄土色も。

ビールジョッキやティーカップをかたどった、このくり抜きデザイン。ルオーのアイコン的存在。
そんな、いちいちが年季を経て味わい深い座席を囲んでは勉強会や読書会が催されたり、さぞや東大の学内で興ったスタートアップ企業かと思しき、オンラインでの打ち合わせをしていく人もいたり。
本郷の街の典型的な日常の1ページが、このお店を舞台にこうして展開されます。
本郷の街の典型的な日常の1ページが、このお店を舞台にこうして展開されます。

その昔、シンガーソングライターの小椋佳氏もきまって 2階窓際の席に腰掛け、いつもの眺めを見やりつつ一服するのが常だったそうで、学生運動時に限らず著名人をめぐる逸話もまた多数です。

店内のあたたかな雰囲気、懐の深さ、時代の証人としての存在感。それらすべては40年近くに渡り店主としてお店を切り盛りし続けてきた山下淳一さんの笑みと眼差しにすべて集約されているように思えてなりません。

たとえ今日初めてお店を訪れた人であっても、彼の存在ただそれだけで信じるに足るだけのものがあると直観されてしまうような。ルオーに、優しさと歴史あり、と。
(文:古谷大典)
(写真:丸山智衣)
(文:古谷大典)
(写真:丸山智衣)