戸を開け放てば、風がこちらへ優しくそよいでくる。それは肌触りというか音というべきか。

軒先を通り過ぎる人の足音や鳥のさえずりはもちろん、そういったものの気配までもが、車の音で突如切り裂かれるようなこともなく、いつもそこに感じられる。感じ取ることができる。
あたり一帯に日がな一日横たわるこの穏やかさの中、糸を染め機(はた)を織る女性の姿が台東区鳥越・おかず横丁にはあります。「つばめ工房」の高橋京子さん、その人です。
あたり一帯に日がな一日横たわるこの穏やかさの中、糸を染め機(はた)を織る女性の姿が台東区鳥越・おかず横丁にはあります。「つばめ工房」の高橋京子さん、その人です。


あたり一帯が戦災で焼け残ったことも幸いし、道路区画が小ぶりで古い建物もたくさん。そんな古き良き生活道路としての景観も貴重なこの横丁の一角に彼女が工房を構えたのは、2010年のこと。
以来、大学時代から一貫して歩んできたテキスタイルデザイン畑では得られなかった手応えを感じつつ、仕事に向き合う毎日を送っています。
以来、大学時代から一貫して歩んできたテキスタイルデザイン畑では得られなかった手応えを感じつつ、仕事に向き合う毎日を送っています。

それは、自らの手で染め・織りを手がけるがゆえの満足感。かたちあるモノとしての理想を、ちゃんと最後まで追い求めることができるということ。
市場のニーズに応えつつ新しいものを作ってみせる達成感こそあれど、量産品をつくるデザイナーであった頃にはなかった感覚です。
市場のニーズに応えつつ新しいものを作ってみせる達成感こそあれど、量産品をつくるデザイナーであった頃にはなかった感覚です。

作られる製品の大多数は草木染め。藍の色ひとつとっても、それは民芸品に見られるような土着っぽさが際立つものではなく、あくまでも普段着にもなじむ、日常と隣り合える美しさ。
染料の元となる植物を煮出す、糸を染める、染料を定着させるといった工程を一日二日かけて出来上がります。
染料の元となる植物を煮出す、糸を染める、染料を定着させるといった工程を一日二日かけて出来上がります。

頭上には藍、バラの茎、びわ、桜など色とりどりに染められた糸。
その一方で、順序を間違え思わぬ回り道をしないよう集中してかつ根気よく取り組むべき、織り作業の時間も。工房を開く以前に譲り受けた、半世紀ほど前にさかのぼるという木製織り機とにらめっこしつつ。
「大量生産された工業製品にはできないものを作っていかないと、意味がないもの、ね」と、手作業でしか進められない細やかなプロセスも織り込みながら、そこに持ち前の感性を掛け合わせる。まさしく経(たていと)と緯(よこいと)を紡ぐようにして、ひとつのデザインは形をもってその姿を世に現すのです。
「大量生産された工業製品にはできないものを作っていかないと、意味がないもの、ね」と、手作業でしか進められない細やかなプロセスも織り込みながら、そこに持ち前の感性を掛け合わせる。まさしく経(たていと)と緯(よこいと)を紡ぐようにして、ひとつのデザインは形をもってその姿を世に現すのです。

これまでメインで手がけてきたストールをはじめ、最近ではランチバッグやがま口といった袋物も。
生地が持つ表情というものを常に大切にしながら作りあげるそのストールは、夏を想定した綿や麻は言うに及ばず、主に冬向きのカシミアであっても、色味や風合いに独特の軽やかさが。単に見慣れないというだけにはとどまらない新しさを常にたたえています。
一枚の布をまとうことからはじまる希望がある。そんな気にすらさせてくれる瑞々しさ。
一枚の布をまとうことからはじまる希望がある。そんな気にすらさせてくれる瑞々しさ。


日常の装いにはもちろん、結婚を控えたカップルから「両家の両親及び祖父母への贈答品に」とお揃いのストールのオーダーを受けたりも。
特別な機会にはぜひここで、と思わせるまでに惹きつけられる人も多いようであることが、Instagramへの注目度の高さ、それに国内外問わずそれをきっかけとしたオーダーが多いということも暗示しています。
特別な機会にはぜひここで、と思わせるまでに惹きつけられる人も多いようであることが、Instagramへの注目度の高さ、それに国内外問わずそれをきっかけとしたオーダーが多いということも暗示しています。

工房には過去の作品が多数収められた写真集も。オーダー時の参考になる。
作り手の顔が見えるどころか、この工房においては高橋さんの内面、それも心根(こころね)にまでさかのぼりそうな、とても深いところから湧き上がる感性すら見た気がしてくるのです。

(文:古谷大典)
(写真:奥陽子)
(写真:奥陽子)
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