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小田原のおもしろさを発見しながら、Webデザイナーとして独立開業

ちくわ。編集部

公開日 2020年4月14日

藤森華子さん(39歳)/夫の転勤に伴い、2014年に小田原に移住。東京のWeb制作会社勤務を経て、Webデザイナーとして独立開業しました。会社員の夫、小学1年生の長男、保育園に通う長女の4人家族で暮らしています。
※2020年3月時点の情報です。

エリア
小田原
小田原駅
カテゴリ
子供と一緒
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海よりも山! 築35年の一軒家を借りて山裾に住まうファミリー

移住のきっかけは夫の転勤です。夫の転勤先は隣の南足柄市の畑の中にありまして(笑)。当時、私は育休中だったのですが、たまに出社することもあり、東京に出やすい小田原市に決めました。東京へは急ぎなら新幹線、時間があるときは東海道線や、小田急線を利用できますから。
夫はマウンテンバイクで勤務先に通うほどの自転車好き。小田原といえば海のイメージが強いですが、我が家は山派。すぐ出かけられるよう、山裾で住まいを探しました。始めはマンションで暮らしていましたが、家族が増えて手狭になったので、今は築35年の一軒家を借りています。

4SLDKで家賃8万円。「古地図を見るとここは川底。梅雨になると家の前をサワガニが歩きます」
東京や埼玉に比べて、間取りは広いし、家賃も安くて驚きました。この家はハンモックも吊るせるんですよ。

自宅作業での息抜きはこのハンモック!

コワーキングスペースを活用し、仕事も充実

小田原で仕事を続けるために、移住を機に、東京の勤務先にリモートワークを申請しました。Webデザイナーなので、メッセージアプリやミーティングツールを使えば、仕事に支障はありません。
でも、いざリモートワークを始めると、自宅での一人作業に煮詰まる感じがあったので、レンタルオフィスやコワーキングスペースを探しました。それで見つけたのが小田原市内にある「旧三福コワーキングスペース」です。月1万円で自由に利用でき、Wi-fiや専用ロッカー、共有冷蔵庫も完備。木造アパートだった建物を再利用したホッとする風情で、打ち合わせに使ったり、他の利用者と話したり、お昼を食べたり。その時間が、とてもいい息抜きになっています。
リモートワークは5年続けましたが、待遇や職場の状況変化に限界を感じて独立開業に踏み切りました。今はこの「旧三福」でつながった人たちと一緒に仕事させていただいています。

保育園も“待機”なし。のんびりした雰囲気がいい

小さな子どもがいるので、引っ越す前は、親類も知人もいない土地での生活に、若干の不安はありました。でも、子どもが保育園に入れば、知り合いはすぐできるだろうと。
待機もなく、1歳児で入った保育園は近所の子どもたちもみんな通っていて、のんびりした雰囲気。息子もすぐに友だちができました。自宅から保育園まで歩いて3分ほどで、近所の畑には採れたて野菜の無人販売所があるんです。裏山には「県立おだわら諏訪の原公園」もあって、散歩によく出かけます。
公園には息子が大好きなローラー滑り台もあるし、園内で栽培している果樹の実が山積みにされて「ご自由にとうぞ」と書かれていることもあるんです。それに、ここから街を見渡すことが、気持ちいいんです。

地魚の安さ、種類の豊富さは、魚好きにはたまらない

小田原市が開催する地魚料理教室があって、相模湾産アンコウのさばき方とかを学べるんです。そこで私は、地元の方からユニークな買い物スポットも教えてもらいました。なかでも「ヤオマサ中町店」は本当にスゴい。トロ箱が積まれ、深海魚も並ぶんです。ときどき、どう調理していいかわからないものもありますが、見たことのない魚、意外とおいしい魚が多いんです。我が家は魚好きなので、地魚の安さ、魚種の豊富さはありがたく、週2~3日は食卓に上ります。

これはシャチブリ。なんだかヌメヌメとして水っぽく、煮ても焼いてもダメ。食べるのをあきらめました(笑)

神輿を担ぐ声を追いかけて、子どもと山の奥へ入り込んでしまったこともあります。その時は日本昔話の世界に迷い込んだ心地がしました。小田原はお祭りや神事があちこちで頻繁にあるんです。おかげで歴史に疎かったのに、いろいろ学べています(笑)。小田原には古代人が1万5000年前から住んでいたんですって。すごくないですか?
未知の世界だった小田原で、コワーキングスペース、ママ友、地区の催しを足がかりに、世界を広げている藤森さん。小田原冒険は移住して6年経つ今も続いているようです。

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