ちくわ。 おでかけ情報

紙の上で、色味も新たに街は生まれ変わる。絵描き・たなかきょおこさんの見た小田原の風景

good mornings

公開日 2020年4月18日

小田原に住んで3年の絵描き・たなかきょおこさん。街のさまざまな光景に触発されてはそれを絵としてかたちに残し続けてきた彼女の作風は、古くからの住民の心をも動かすハートフルなものです。

エリア
小田原
小田原駅
カテゴリ
お散歩
街を知る
乾きも早いアクリル絵の具でささっと筆を走らせ描き上げるのは、小田原の街に古くからある建物、庭園。人々が気ままにぶらつく浜辺。階段の坂道を百段ほども登り、振り返ると眼下に広がっていた家並み。夏の夜空を埋め尽くした花火。

その他なんでも、いま気に入って暮らしているこの街を歩いて、近郊へ足を延ばして、そこで目にした心動かされる光景を。
元来の散歩好きという絵描き・たなかきょおこさんは、小田原に越してそろそろ3年。歩いてわずか3分と、生まれ育った徳島の実家以上に海が身近な住まいを拠点に、暇が見つかればあちこち出歩き、心のアンテナにひくひくとくる眺めを見つけては後日それを絵におこすのをライフワークとしています。

海が近いとやっぱりいい。古い建物も無性に好き。大学など関西時代を経て二十代後半に越してきた東京の勝どき、谷根千、新宿、あるいは旅先の小笠原やイタリアといった各地で見つけた、いわれもない気持ちを覚えた光景といえばそれはもうたくさん。絵を描くことへの欲求を改めて強く自覚したのが小田原に住み始めたのと相前後しての頃ということで、以来彼女は充実した気持ちでこの街の絵に取り組んでいます。

パレットにはたまごパックが丁度よい

原画を縮小したポストカードなど、商品化されているものも複数

こげ茶と紺の2つを定番色に、使う色はいつもわずか5色ほど。柔らかい色とマットなトーンのこれが言ってみれば「たなか節」。

その独特の調子とともに描かれたものは、海を背にした無人駅でも歴史ある商家の店構えでも、古くからの地元民ならどこの何を描いているかはいたって明快。であると同時に、見慣れ過ぎたあまり久しくなんとも思わなかったその光景が、この絵を通して見ると妙に新しく、現場に立ったときの記憶がよみがえってきてはちょっと愛しくもなってくる。そんな人も少なくないのです。

だるまの七転び八起きにあやかり商売繁盛・家内安全を祈願する人々が多数訪れる、飯泉(いいずみ)観音のだるま市

根府川のみかん畑越しに見下ろす海とか、一夜城公園の丘から農道沿いに下るときに見えた市街地の眺めとか、車で移動してばかりだと気づかない知られざるナイスビューを捉えた作品もあって、自身のInstagramとは別アカウントで更新される“小田原百景”でも「綺麗! これは一体どの辺りから?」との質問コメントが多く寄せられたりも。
もともと土地を知る人にとっては再発見という一方で、初めての人にもどこか懐かしいこの普遍的な温度感は、かつて小田原と東京で開いた個展でも双方の来場者を魅了したもよう。現地のことを入念に調べ上げることもなく直感で東京から息子とふたり移り住み、惹かれるがままに描いた一連の作品が古参の地元っ子の地域愛をも動かしているというのも、素敵な縁の巡り合わせです。
思えば、画用紙一面にトンボやセミの絵をたくさん描いたり、想像の赴くままに即席キャラクターを仕立て上げたりしていた幼少期。親は美術館によく連れていってくれただけではなく、絵のコンクールにも盛んに応募させては入賞で得た賞状をていねいに保存してくれてもいた。小学校時代までは、あくまで絵ありきの自分。

しかし中学ではバドミントン部の仲間たちと一緒に過ごす時間が大半で、筆を手に取る機会もすっかり遠のいたまま、高校・大学、そして会社員となるも絵とはまったく離れたところで人生を歩み、謳歌する日々。やがて仕事にすっかり埋没する時期(子ども服会社で広告や販促クリエイティブ案件を回すのに日々手いっぱい)を迎え、そこではたと思い出したのが、昔取った杵柄たる絵のことだったのです。
自分の欲するものは何か正面から見つめ直したとき、絵はやっぱり外すことの出来なかったもの。フルタイム業務のかたわら夜間の絵の学校に通った時期も経て、自分をかたちづくるひとつの核として揺るぎない「絵描き欲」にちゃんと水やりをしてあげる毎日が、今はしあわせ。

日々をこのひとときを噛みしめる喜びをのせた、穏やかなその色彩には小田原という土地の持つ包容力すら影をにじませているかのようです。
(文:古谷大典)
(写真:奥陽子)
(撮影協力:ケントスコーヒー)

※紹介されている情報は、記事公開当時の内容となります。