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四谷荒木町。とんかつ「鈴新」の大将が愛してやまない、世にも珍しきすり鉢状のまち

good mornings

公開日 2020年9月6日

四谷三丁目駅と曙橋駅との間で、人知れず谷底が広がるまち・荒木町。江戸時代には立派な大名庭園が広がり、明治〜昭和にかけては花街として大いに栄えた過去も。ユニークなこの町で営まれるとんかつ屋さん・鈴新の鈴木洋一さんは、日々このまち「を」生きています。

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四谷三丁目駅を出れば、目の前に新宿通り。その向こう、表通りに四方を囲まれた一帯の中は地形がとてもヘンなことになっています。中央側のくぼみに向かって東西南北すべての方角から大きく凹んだかたちをしているのです。

起伏に富んでいて、道の分岐も複雑かつ小道も多いとなれば、方角を見失うまでが早い(笑)。この一帯へと車が入り込むルートもただ一つのみで、辺りにはどことなく猫の気配。山手線の内側でもだいぶ中心に近い場所にありながらこころよい静けさに包まれた不思議なここいらです。
地域としての歴史には、その特異な土地の形状ありきの誇るべきものが少なくなく、また駅から少し離れていながら個性に富んだ個人飲食店の面々が織りなすコスモスの夜もある。

そんなユニークな地元の記憶を見つめ、また未来を見据えてもいる人がひとり。私服で多用するハットの数々がことごとくよくお似合いのまちのとんかつ屋のご主人、鈴木洋一さんです。

ご近所の友人夫妻とともに。通称「モンマルトルの坂」の中腹で

まちの鎮守府・金丸稲荷神社もすぐそばのお店・鈴新(すずしん)にて、揚げ物らしいジューシーなルックスがそそる「かけかつ丼」ほか人気メニューを家族ともども手がける彼。

味な店がキラ星のごとく並ぶこの界隈で、他店に負けず劣らず、粋な食通たちを日夜唸らせています。

カツごと煮るのではなく、別途卵とじをこしらえてからカツにかける「かけカツ丼」。お米は鋼釜で炊いた魚沼産コシヒカリ。おしんこも、60年以上使い続けるぬか床ならではの滋味

お店のある車力門通りは、駅前の表通りから一本脇にそれたところからはじまる、まっすぐゆるやかな下り坂の道。荒木町という一種の谷底ワンダーランドにとって格好の入口と言えますが、それを100メートルほど進んだところのどんつきが鈴新の場所。

さらに店の裏手にある通称「奥のほそ道」をゆきゆきてその先、下りきった辺りに小さな池が控えているですが、このいわば町のシンボルから辿れる地域の足跡と華やかなりし過去の記憶について内外にもっと知ってほしい、もっと広めたい(だってそれだけユニークで素晴らしくて誇らしいものだから)、というのが鈴木さんの思いです。
いま荒木町と呼ばれる一帯はもともと江戸時代前期、松平摂津守(まつだいらせっつのかみ)の設けた上屋敷が広がっていた場所。

立派なお屋敷はもちろんのこと、池が湧水や滝を伴うとても大きなものであったこと、それに春にはさくら秋にはもみじと季節の木々や植物も配され、茶店や東屋(あずまや)、お社も備わるまさに大名庭園然とした風情に溢れるものであったことが、近年発見された詳細な絵図からも改めて判っています。

とりわけ「策(むち)の池」は、かつて広がっていた自然を最も直接的なかたちで今に残す、生き字引のような存在。

当時の池は水深2〜3 m、また面積にして驚くなかれ現在のおよそ200倍とも見込まれるほどで、それはそれは大きなものなのでした。

亀や鯉に紛れてなぜかスッポンまでもが泳ぐ策の池。むかし料亭の板さんが放したものらしい

絵図に基づき有志で作られたジオラマ模型は芸が細かく、往年の庭園がミニチュアサイズで現代によみがえったかのような精巧さ。段ボールの土台の上に、紙粘土を用いて作ったもの

なお明治に入って庭園が一般開放されると、その風光明媚な景観に目がつけられ四谷方面に点在していた料亭などが根こそぎこちらに移転。茶店もでき、歌舞伎の芝居小屋も立ち、吹き矢で遊んだり池で釣りに興じたりと遊技場のような店も現れ、一帯は花街として大いに賑わうことに。箱根の芦ノ湖にも似たこの水辺の行楽地は明治の後期にその隆盛を極め、なおも料亭を建てようと、池の水を抜いてまで土地を増やす動きまで起こったほど。

いま鈴新が店を構える場所も、まさに当時は芸者衆の出勤を取りまとめる事務施設「見番」の立つ現場であり、そのお隣、いまの荒木公園にあたる敷地では舞踊の稽古も行われていたとか。

池から100mほど離れた仲坂の右脇に立つ、かつて料亭が営まれていた家屋。店々は池の水際に沿うようにして立っていた。家屋と下の土地の高低差の分がまるまる池だったということで、その広がりの大きさがよく想像される

仲坂を登る。見上げるその先に防衛省の電波塔

Y字路。S字の坂。がけ沿いに見つかる、今日となっては実用的意味を全くなさない階段。合理性や効率では片付けられない眺めがそこかしこに転がっているまち

そんな花柳界の勢いも昭和期には下降線を辿るようになり、時代を下って1983年、いよいよ完全にその姿を消してしまうことに。その手前から数えること二十数年ほどの間は、まさしく冬の時代。長きにわたり続いた地域としての誉れ高さもきれいさっぱり遠のいたかに見えたのでした。

しかし90年代も後半に入ると、土地としてのユニークさを引き金に地域を面白がる外部の動きもふと見られ出し、まちの再興を願う鈴木さんほか地域の同志の思いとおのずとシンクロ。純真な地域愛に根ざした取り組みが新たな商店会・車力門会の結成、「通り名イベント」、またより大規模な「四谷大好き祭り」といったイベントごととして実を結ぶまでになります。

古いコンクリ街灯は大正時代のものと思しきもの。撤去しようにも道が狭く段差も細かく重機が入れないため、今も残っている

街灯のコンクリに。廃止された都電の敷石が用いられた、足元の石畳に。趣深い経年変化

「新・荒木町を発見する会」として、鈴木さん含む一同は今なお各自がよい意味で身勝手に夢想しては動き始めてしまうアクティブさ。そんなエネルギーの後押しもあってでしょう、個人飲食店もかつての池まわりや谷側ではなく、より表通りに近い界隈を中心に増えに増え、今ではおよそ400を数えるまでに。
一律で平均化された味やサービスばかりの味気なさとは違い、食べ物の旨さはもちろん、心安らげてその場に居合わせる者同士の会話もはずむ、言うなれば「大人たのしい」この一大飲食エリアには、若い世代の継続的な参入もありまた新たな魅力が備わろうとしているのだとか。

木の質感が匂ってきそうな車力門の模型(原寸大)はなんと段ボール製。母校の四谷第四小学校が地域交流センターとして転用されている「四谷ひろば」にて

谷底へ落ちていく悦びに胸を広げ、青空仰げ♫ ダウナーなこの界隈にあるのは、土地としての面白さと郷土愛がとまらない人の面白さです。


(文:古谷大典)
(写真:小島沙緒理)

鈴新

住所
東京都新宿区荒木町10-28 十番館ビル 1F
電話番号
03-3341-0768
営業時間
11:30~13:30(L.O) 17:30~20:00(L.O.20:00)
定休日
日曜・祝日
平均予算
[夜]¥1,000~¥1,999 [昼]¥1,000~¥1,999
最終更新日:2020.9.28
データ提供:食べログ
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