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「立川印刷所」社長・鈴木武さんが掘り起こす、米軍のあった昭和の立川

good mornings

公開日 2020年12月26日

90年前に祖父がはじめた印刷会社を営んでいる鈴木さん。少年時代の記憶にも残る、米軍基地が置かれ生のアメリカが同居していた街の風情を後世に残すことをライフワークとしていて、十数年にわたりカレンダーや写真集を世に出すなどしています。

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ペデストリアンデッキが発達していて、車や信号から開放された歩行者がよどみなくあちらへこちらへと流れる立川駅前。

近代的・合理的な造りをしたこの駅改札周辺の光景はいまから30年ほど前、昭和と平成の端境期に始まった大規模な区画整理の産物です。
駅前が大きく姿を変え始めるさらにその十数年前まで、駅からほど近い地点も含む北西方面の広大な一帯は在日米軍の空軍基地で占められており、敗戦直後から1977年までの32年間、敷地の柵を超えた立川の市街地のあちこちで生のアメリカが顔を覗かせていた時代がありました。

飲食店やデパートなど米兵を客にとる店は看板に英語表記を施すケースも多く、ナイトクラブやキャバレーでは日本人の入店を禁止するところまで現れたほど。繁華街を中心に街にはアメリカナイズされたものが散見されるようになり、1950年代からのミッドセンチュリーモダンの流れを汲む風物なども。

リアルタイムはともかく、のちのち憧憬の対象としてみなされることになるかのスタイルのリアルが、この頃の立川には多少なりとも存在していたのです。
敗戦・占領というネガな側面と切り離すことはできないけれど、少年時代を送った日常の面影が今の立川の街並みからはきれいさっぱりなくなってしまっている現状があまりに淋しいと、かつての姿を収めた写真を募ってはその記録化に励む地元っ子がいます。創業1930年と古く、当時おそらく地域でも数少ない印刷会社だったとされる「立川印刷所」の現社長・鈴木武さんです。

多数の関係者の協力を得て入手した写真は今や数千もの単位。それらのデジタルアーカイブ化と並行して2007年からは「The SOUND of Oldies in TACHIKAWA」と銘打ったシリーズのフォトカレンダーを毎年発行、続いて写真集も計6点をこれまでに編集・刊行しています。

写真集の表紙に、当時のキャバレーの外観

最新の2021年度カレンダーは空軍基地がテーマ

いま戦闘機が離着陸するのは、遠く横田基地

娯楽の王様として最盛期には10をも数えた市内の映画館、あるいは華やかなりしデパートの光景など、毎年毎回さまざまなテーマのもとで切り取られる昭和の立川。特に写真集には収められた何十点ものボリュームを前に、匂い立つものが感じられるほどのインパクト。その一点一点に付記された、鈴木さんによるひょうひょうとして軽快なあんちゃん的コメントも相まって、地域愛あるそのまなざしに共感してしまうような内容になっています。

高度経済成長が始まる以前の、高級品ゆえ客といえば米兵が多かったカメラ屋、ダミ声のなんたるかを初めて知った魚屋、学校を早退して観に行ったラジオ公開放送の現場。今や跡形もない当時の街で1963年生まれの鈴木さんの耳に届いていた「SOUND」、それが写真の数だけゆたかな立体感を伴いつつ、手にとる人の心にその残響をもたらすのです。
負の遺産として行政がひたすらにふたをしてしまうので、自分が生まれ育ったフィールドたる昭和の立川は年々忘却の一途を辿るばかり。そのことが長らく無念だった鈴木さんにとあるきっかけが訪れたのは、20年ほど前のことでした。

父のつてで存在を知った、アマチュアカメラマンの手によるふたつの写真集。それらに収められていたのは、古くは1955年頃から立川で撮りためられてきたという何十枚ものアメ車の写真で、フィフティーズ然としたフォルムやデザインがカッコ良かった。おまけに背景に写り込んだ街の光景は懐かしさをもよおすだけなく、アメリカも同居していたかつての立川の空気が確かに感じられるもので、改めて興味深いものばかりだったのです。

アメリカンテイストな現社屋・ヤマスアパートメント

オフィス手前ではカレンダー・写真集、またポストカードほか時代の雰囲気を伝える雑貨類などを販売

しかるにそれら二冊とも、既に絶版となっていたことに危機感を覚えた彼は「貴重な昔の地元写真なら、劣化してしまうその前にぜひとも会社のスキャナーでデジタル保存しておかないと」と、使命感に駆られ収集を始めます。

知り合いほか多方面への呼びかけを通じアーカイブできたものには、家庭内でプライベートに撮影・保管されていたものだけでなく、地域資料館などで収蔵されていたものも。またFacebookグループ経由で基地内にあった当時の社交クラブ所属者の親族にもその声は届き、結果当時のユニフォームを入手するような縁にも恵まれるなど、そのコレクションは今や文物さまざまにバラエティに富んだ内容になっています。

8年前の「第一デパート」閉店時に譲り受けた案内板

とりわけ驚きは1977年の基地全面返還の際、最後の式典で降ろされるその時まで当の基地内で掲げられていた、横幅約4mもの特大サイズの星条旗。返還式に招かれた地域の郷土史家が司令官に願い出て入手し、それが40年ほどを経た数年前になってその孫から託され預かっているもので、これも長く精力的に続けてきたライフワークの賜物です。

歴史的価値も非常に高く、32年に渡って存在した「立川の中のアメリカ」を象徴する何よりの生き証人はいま、専用の三角木箱に納められたまま、鈴木さんの手元で安らかに眠っています。
(文:古谷大典)
(写真:小島沙緒理)

立川印刷所

住所
東京都立川市富士見町5-6-15
電話番号
042-524-3268
最終更新日:2020.12.14
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