名だたる老舗が軒を連ね、いかにも神田らしい風情を残す神田須田町。明治4年の創業からこの町と共に歴史を重ねてきた「下久呉服店」に今、五代目・木村俊之さんという新しい風が吹き始めている。彼が27歳の若さで「下久」の看板を背負うことを決めたのは、着物職人たちの手仕事に感動したから。
「染める、織るなど着物作りの工程は多く、その一つ一つに専門の職人がいます。なんでもデジタルでできる時代だからこそ、一つの技を極めている職人はとても信頼できるし、現在まで着物が残ってきた理由もそこにあるんじゃないかなって。着物一枚に日本中の職人の手仕事が集まっている。すごく面白い世界だと思いました」。
↑俊之さんがデザインした午年の手ぬぐいは西洋風の馬と明るめの紺が現代的。「注染」という伝統技法で染めてある
反物選びから仕立て、その後のメンテナンスと、お客さんは何度も店に足を運ぶため、呉服屋とお客さんの関係は売り買いだけで終わらない、人と人との触れ合いになっていく。祖父母からひ孫の代まで贔屓にしてくれる、先代が繋いでくれた人との縁は一番の宝物だ。「神田を離れたお客様が昔馴染みの店で食事をしたり、うちに寄るために久しぶりに町へ戻ってきて楽しんでいってくださる。私達のような老舗が、神田と人を結ぶきっかけの一つになれていることがうれしいです。」
↑神田という場所にこだわり続けた三代目・久彌さん(写真右から二番目)。
そんな俊之さんが“つっこみ隊長”と呼ばれているのは、日本画の腕を生かしてオリジナルの図案作りを始めたからだ。きっかけは、お客さんとの雑談から出てきた“大好きな白熊の帯が欲しい”という一言だった。「描いてみたらすごく気に入ってくださって。ただとても細かい下絵だったので、動物画が得意な友禅の職人さんを探し出し、帯にできるよう直談判。下久という名を聞いて尽力してくださり、素敵な帯に仕上がりました」。帯のほか手ぬぐいの図案制作、かつての店の包装紙デザインを復元したりと、次々に新しいものを生み出す俊之さんは、いわば下久史上初の自社デザイナー。創業145周年の老舗が生んだルーキーは、高齢化で停滞する着物業界の未来を切り開いていく。
↑帯になった白熊の下絵。こんな愛らしいポーズは既成品では見つからない。
↑大正~昭和初期頃に下久で使われていた美しい包装紙を俊之さんが復元。
↑かつての番頭さんが残した手描きの“ 手ぬぐいデザイン帳” は昭和29年のもの。
「職人がいなくなったり技術が失われ続けている業界に、“新しくできた何か”を届けたい。お客様も業界の先輩方も、若手の僕を応援して可愛がってくださるのでありがたいです。下久として守るべき伝統は大切にしながら、新しいものとも仲良くしていきたい。着物はもっと自由に楽しめる、面白いものなんですから」。
- 住所
- 東京都千代田区神田須田町1-19-8
- 電話番号
- 03-3251-0388
- 営業時間
- 10:00~18:00
- 定休日
- 木・日曜日・祝日
最終更新日:2017.5.8
大きな地図で見る