
2015年7月のオープンからわずか2年ほどで、そばの名店として名を馳せるに至った「浅草 じゅうろく」。趣ある引き戸を開けて中へ入ると「いらっしゃいませ、どうぞ」と、ふんわり優しい声で迎えてくれたのはまだ20代という若い女将、伊勢屋留衣さんです。

手打ちそば=無口で頑固一徹なオヤジさんの店…と思いきや、何とこちらのお店は、この癒し系美女、若くて小柄な留衣さんがそばを打っているのです。そのきっかけをお尋ねすると「お付き合いしていた方がグルメでそば好きで…。美味しいと思うそば屋さんが見つからない。私が打てれば毎日旨いそばが食べられるかな…なんて言ってみたのがきっかけです」と、初手から予想だにしないストーリー。

「それで全く素人の私がそば打ちを習って、打ったそばを食べてもらったら、その方…このお店の大将なんですが、とても驚いて、私の手打ちそばの店を開く!と決めてしまったんですよ」とクスクス笑って言います。
どれだけ美味しいんだろう、とはやる期待を胸に、「粗美季せいろ(黒)」をいただくことにして、待つことしばし…。
どれだけ美味しいんだろう、とはやる期待を胸に、「粗美季せいろ(黒)」をいただくことにして、待つことしばし…。

出てきたのは端正な木のせいろに盛られた、ツヤのある美しいおそば。淡い緑のわさびも香り豊かで、つゆも美味しそう。早速すすり込むと、ちょっと感動ものの味わいでした。

「そばは細く長く美しく、ツルツル喉越しよくあるべし…が私のこだわり。だから十割ではなく、粗挽きの二八そば。ちなみに店名の『じゅうろく』は二八じゅうろく、からきています」。留衣さんのそばへのこだわりが、そのまま店名になったというわけです。
「そばは産地も大事ですが、収穫後の保存方法、石臼の種類や挽き方、挽いた粉の保管、配送までの温度管理などがもっと重要です。それに農産物ですから、どんなにいい産地・品種でも毎年作柄が変わりますし…。だから毎年、さまざまな産地のそばを吟味して、一種類かブレンドものかにこだわらず、私が求める味やクオリティを保って打っています」。安直に産地を限定したり契約農家に頼らない…などなど、留衣さん、そばを語り始めたら止まりません。
「修行経験もなかったので、開店してからが本当に大変な日々で。大将も味や品質に厳しいので、少しでも納得できないそばは捨てられたことも」。まさに毎日が真剣勝負です。
「そばは産地も大事ですが、収穫後の保存方法、石臼の種類や挽き方、挽いた粉の保管、配送までの温度管理などがもっと重要です。それに農産物ですから、どんなにいい産地・品種でも毎年作柄が変わりますし…。だから毎年、さまざまな産地のそばを吟味して、一種類かブレンドものかにこだわらず、私が求める味やクオリティを保って打っています」。安直に産地を限定したり契約農家に頼らない…などなど、留衣さん、そばを語り始めたら止まりません。
「修行経験もなかったので、開店してからが本当に大変な日々で。大将も味や品質に厳しいので、少しでも納得できないそばは捨てられたことも」。まさに毎日が真剣勝負です。


ところで小柄で華奢な留衣さんのこと、そば打ちは重労働では…と尋ねると「私は力を使ったことないんです」と意外な答え。

「私のは自分流なので、他の方とはセオリーが違うのかもしれないですが…」と前置きしながら「通常の打ち方では粉に水を回した後、力一杯こねますが、それは水回しが均一でないからこねることで無理に均一にしているのです。でも、それだと粉の空気が抜けてしまって粉にストレスがかかります。私はてのひらと指の感覚で粉と水を均一に混ぜきるので、こねなくても大丈夫なんです」とのこと。

それにしても、わずか2年でこの境地とは、その理由が知りたくなります。「私の父がパティシエなので、子供の頃から家庭の食生活で舌が敏感に育ったし、大将にも味覚を鍛えられました」。味覚だけでできるものでしょうか。「それと…実は私、以前は美容師とエステティシャンをしていて、マッサージやフェイシャルケアでかなり指名をいただいていたんです。手指の感覚が普通よりも繊細ということなのか、柔らかな生地の水分や状態の微妙さを感じ取ったりできているのだろうと思います」。そんな留衣さんがその持てる力の全てをそばに込めているんだもの、それは美味しいはずだと納得です。

奥浅草にしっくり溶け込んでいる「浅草じゅうろく」のお客様は、「有難いことにリピーター中心で、一度来店されて次に別のお客様をお連れになるといった感じです。銀座や赤坂あたりからタクシーでお見えになるお客様もいたり」。広々とした座敷席は、地元の噺家さんや歌手の方が大人数で利用するなんてこともしばしば。

グルマン達から熱い支持を受ける彼女のおそば。でも「私が目指すのは、そばマニア受けするそばではなく、あくまで『普通のそばの極み』。ゆくゆくは、その普通のそばの極みでミシュランの星を頂けるようになれたら」。今でもとびきり美味しいというのに、その腕はさらなる極みを目指しているのです。

(文:牧野雅枝)
(撮影:大塚秀樹)
(撮影:大塚秀樹)